2011年7月17日日曜日

3.11→3.12 福島へ

病院を出た途端に渋滞にはまって立ち往生。
「車を降りて歩いたほうが速い」といえるような状態でした。

20分ほど経過した頃、たまたま警察車両が通りかかり
事情を説明してICまでの先導を依頼すると快く引き受けてくれました。

「交渉はface to faceが一番だ」などと私たちが行っている間にICに到着。


警察官にお礼を言ってお別れしました。

高速道路はもちろん通行止め。
「福島県に向かう医療チームである」と説明して進入させてもらいました。

那須を越えたあたりから道路に亀裂が見られるようになり、
段差に土嚢が積んであり、カラーコーンで注意喚起がされていました。
NEXCOの迅速な対応に脱帽でした。

多くの警察・消防・自衛隊等の緊急通行車両が走っていたので
出来るだけそれらの車両を追尾するようにしました。
(道路の損傷の程度がわかりやすいので…)

福島県に入る頃には雪も降ってきましたが、
スタッドレスが必要なほどではありませんでした。

埼玉県の消防車両の車列に○○市立医療センターの車両がいました。
国際緊急援助隊でパキスタンに一緒に行った看護師さんが
乗っているのかなと思いましたが、
私は運転中だったため確認できず…

途中、何度か緊急地震速報が鳴り響き
路肩に一時停止してやり過ごしましたが、
長野県で震度6強を観測する地震が発生した際には
今回の震災はまだこれからも被害が拡大していくのではないか
という思いが強くなりました。

参集拠点の福島県立医科大学附属病院の数km手前の
コンビニに立ち寄りましたが、
すでに商品陳列棚はほとんどのものが売り切れていました。

12日午前4時過ぎに福島医大に到着。

2011年7月16日土曜日

3.11 DMAT出場

DMAT本部では厚労省や被災県と連絡を取り合い、
岩手・宮城・福島・茨城の4県からのDMAT派遣要請に基づき、
EMISで全国のDMATに一斉通報を行いました。

その最中、テレビ画面に映し出された
仙台空港に押し寄せる津波の映像は
私たちの想像を超える被害が出ているのだと実感させました。

当院からも災害調査ヘリ・ドクターカー・一般車両で
3チームを派遣することになりました。

私は調整員として一般車両で福島県に行くことになりました。

私は国際緊急援助隊(派遣期間2週間)用には
いつでも出発できるように荷造りしたスーツケースを家に置いてありますが、
DMAT(派遣期間3日程度)用には個人装備の準備をしていませんでした。
(現在は、車のトランクに常備しています)

ドクターカーも一般車両もノーマルタイヤだったため、
スタッドレスに履き替えるためにそれぞれ違う店に行くことなりました。
しかし、交通渋滞にはまりかなりの時間をロスしてしまいました。

一度病院に戻り、病院から○○警察署に
最寄の高速道路のICまでの先導を依頼してもらいました。

その間、ドクターカーのチームはサイレンを鳴らして
緊急走行して茨城の参集拠点に到着。

私たちは2時間以上待っても警察車両は到着せず、
確認の電話をしても「現在、調整中」…

結局、22時30分に警察車両の先導をあきらめて出発…

2011年7月15日金曜日

3.11 発災時

その時、私は病院のオペ室にいました。
3人の病院実習中の薬科大学生のオペ室見学中。

開腹した患者さんの腫瘍を切除し始めた頃、
一人の看護師が「揺れてる…」とつぶやきました。

その後揺れは徐々に大きくなり、
閉じ込め防止のためオペ室の扉を開き、
無影灯を患者さんの上からどかし、
倒れそうなもの落下しそうなものを
各スタッフが抑えていました。

揺れはなかなか収まらず、
尋常ではない事態が起きていることだけは理解できました。

学生を動揺させないため
「この病院は免震構造だから、
この程度の揺れでは崩れることはないよ」
と言ってはみたものの、
学生にとってどの程度の気休めになっていたのかはわかりません…

揺れが収まってくると
執刀していた医師たちは「オペ、再開していいのかな…」
と戸惑っていましたが、
そこに「○番、再開しました」という声が聞こえてきました。

隣のオペ室の○○医師が早々にオペを再開したようです。

その声に促されるように私たちが見学中だった部屋でも
オペが再開されました。

ナースステーションに行き、インターネットをチェックすると
DMATの自動待機基準である震度6弱以上の
揺れを観測していることが確認できました。

オペ着を着替えて病院の第1会議室にいくと
すでに『DMAT本部』が設置されており、
多くの職員が複数回線ある災害時優先電話や
EMISを使用して情報収集・発信を行っていました。

2011年7月14日木曜日

国際保健医療協力研修

今夏、タイトルの研修を受講予定です。

コア研修とフィールド研修に分かれていて、
フィールドはベトナムが予定されています。


前回の投稿から半年が経ってしまいました。

その間、ニュージーランドの地震で
国際緊急援助隊の救助チームが派遣され、
その直後に東日本大震災が発生しました。

私もDMATの一員として福島県とDMAT本部で
活動を行っておりました。

その様子も今後投稿していきます。

2011年1月1日土曜日

天皇杯優勝

鹿島アントラーズ 2-1 清水エスパルス

マルキーニョスが抜けて今後が不安ですが、
ACLの出場権を取ってしまったので、
今年もまた4冠を目指してほしいです。


明けましておめでとうございます。

「ニカラグアから帰国してから5年でまた海外に出る」
という目標を立てておりましたが、
5年と半年ほど経ってしまいました…

その間、2回ほど国際緊急援助隊での派遣はありましたが…

今はDMATでの地位を確立することを優先しています。
今月の内閣府との訓練は邪魔が入ったために参加できませんが、
多少の障害は踏み潰してでも
周りの期待に応えるために研鑽していきます。

2010年9月20日月曜日

潜水艦で台風の勢力低下?!

日本の企業が潜水艦を使用して海水を循環させ
海面温度を低下させることによって
台風の勢力を低下させるという理論で
日本とインドで特許を取得したようです。

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20100920k0000e040021000c.html

理論が実証されて実用化できると
台風・ハリケーン・サイクロンなどの
熱帯低気圧による被害の縮小につながります。

2010年9月18日土曜日

パキスタンから帰国

16日にパキスタンから帰国しました。

14日に2次隊と引き継ぎを兼ねて合同で診療を行い、
15日早朝に活動サイトに出発する2次隊を見送った後、
カラチ経由で出国しました。

今回は治安上の理由から
詳細な活動サイトは公表されておりません。

医療チームの活動が完全に終了してから
下記サイトに活動内容の詳細をアップする予定です。

http://sites.google.com/site/jdisasterrelief/

2010年9月11日土曜日

ラマダン明け

9月10日でラマダンが明けたので、
9月11日から3日間は「お正月」のような感じになるそうです。

「お祈りのために医療機関に来る人も少なくなるだろう」
という理由&隊員の健康管理のために、
今日は診療を中止してホテルで休養をとることになっています。

パキスタン名物「デコトラ」

ヘルスセンターの採用薬
お薬お渡し窓「男女別」
乳児用に錠剤を粉砕する通訳さん
診察希望の被災者
イスラム圏なので「女医」希望の女性にも対応しています。

2010年9月9日木曜日

診療4日目

3日目の更新を怠ってしまいました。
今後も隔日もしくは数日おきの更新になるような気が…

3日目は購入した抗マラリア薬が
頻繁に処方されるようになりました。
熱帯熱を含めてマラリア患者は相当数います。

私の休憩中のことですが、
現地のおばあちゃんが薬局にやってきて
「私の水牛が胸にけがをしたので何か薬が欲しい」
と訴えてきたそうです。

4日目は隊員や現地スタッフにだんだんと疲労がたまり
体調不良の訴えが聞かれています。
ちなみには私はすこぶる元気です。

2次隊の派遣も検討されており、
医薬品の使用状況を報告することになりました。

JICAパキスタン事務所スタッフのFarooquiさんが
4日間薬局をサポートしてくれていましたが、
明日イスラマバードに帰られるそうです。
英語⇔ウルドゥー語の通訳でしたが、
要領よく対応してくださるので
とても心強い存在でした。
「私も残ってサポートしたいが、
首都で仕事をしなければならない」
と後ろ髪をひかれる思いで帰っていくようです。

薬局周辺にいた現地人の女性3人が
明日以降の通訳をボランティアで
してくれることになりました。
Yasmeenさん、Muskanさん、Nazishさんの3姉妹
現地の人たちの協力なしには
国際貢献はできないなとつくづくと感じています。


薬の説明をするFarooquiさん
薬局前(奥に診療室があります)

通訳を手伝ってくれる三姉妹

2010年9月6日月曜日

診療2日目

マラリア患者が多いのですが、
携行治療薬がメフロキンしかないため、
医薬品の現地調達をすることになりました。


感染症専門の医師と相談して
①アーテメーター/ルメファントリン内服
②アーテスネート注射
③クロロキン内服
④プリマキン内服
⑤キニーネ注射
その他もろもろの薬を購入することになりました。

診療の途中から私だけ抜け出し、
JICAパキスタン事務所の職員とJICA現地スタッフと
運転手の4人で市街地にある薬局に行きました。

事前に現地スタッフからは
「直接薬局で医薬品を購入することはできない」と
言われていましたが、
大使館の医務官からは「購入可能」と言われていたので、
交渉次第かなと思っていました。

薬局が集まっている商店街(?)での一軒目、
リストアップした医薬品がないかを確認しましたが、
「全部ない」とあっさりと言われてしまいました。

二軒目でも同様でしたが、
「本当にないのか?」と食い下がっていると、
探していたジアゼパム(向精神薬)の注射が出てきました。
その後も「必要なんです」としつこく頼んでいると、
一つまた一つと薬を持ってきてくれました。
しかし、①は計200人分以上を注文したため、
店の従業員が総出で周辺の他の薬局からも
かき集めてきてくれました。

購入金額は7万円程度。

お店の従業員全員とがっちりと握手をして
お礼を言って店を後にしました。

一部買えないものもありましたが、
感染症専門医は「これで世界標準の治療ができる」
と満足されていました。

下の写真はウルドゥー語での服薬指導を勉強中の頼りになる同僚薬剤師。
右奥は同僚薬剤師になついている女の子。
 
ウルドゥー語を勉強中の同僚薬剤師
ホテルの食事。おいしいです。

警察の制服には「NO FEAR」の文字